かくれ里

土曜日, 8月 17, 2019

拝謁記


 昭和天皇の「拝謁記」が話題になっている。昭和天皇が、戦争への後悔を繰り返し語り、終戦から7年後の独立を祝う式典で、国民に反省の気持ちを表明したいと強く希望したが、当時の総理大臣吉田茂の反対でその一節が削られたことがわかった。
 
 「拝謁記」を記したのは、初代宮内長官だった田島道治が、就任から5年近くの間、昭和天皇との具体的なやり取りを詳細に書き留めていたのだ。NHKは、遺族からの提供を受けて複数の専門家と分析した。
 
 昭和天皇は、軍が勝手に動いた様を「下剋上」と表現して、「軍部の動きは誰も止め得られなかった」などと、後悔の言葉を繰り返し語っていたことがわかった。
 
 昭和27年当時、日本は復興が進む中で、昭和天皇の退位問題もくすぶっていた。田島長官から意見を求められた吉田総理は、「今日(こんにち)は最早戦争とか敗戦とかは言って頂きたくない気がする」などと反対し、結局ところ、憲法で定められた「象徴天皇」という意見に従うこととなった。