かくれ里

木曜日, 1月 17, 2013

新島八重


NHKの大河ドラマは毎回観ている。今年は幕末の会津が舞台の「八重の桜」。主人公の八重は、会津藩士山本権八の娘で男勝りの女性だ。維新後の明治9年に新島襄と結婚した。
 
新島襄は、同志社を創立した人として名前は知っていたが、八重のことは今回初めて知った。男勝りの性格の八重だったが、進歩的な襄とは似合いの夫婦で非常に仲が良かったそうだ。
 
当時から男女平等を地で行く八重の姿には、世間からは悪妻と評されていたが、何事にも動じなかったので周囲とは常に軋轢があった。明治23年に新島襄は病気で急逝した。
 
二人の間には子供がおらず、養子を迎えたがあまりなじまなかったらしい。その後、日清戦争と日露戦争で、篤志看護婦となった功績により、昭和天皇から銀杯を賜っている。昭和7年に86歳で没し、葬儀は「同志社社葬」として盛大に執り行われた。