かくれ里

日曜日, 8月 10, 2014

模擬原子爆弾



昭和20年に入って、日本本土はB-29による空襲で一面の焼け野原になった。B-29の爆弾搭載量は4.5トンで、100kg前後の爆弾や焼夷弾などを複数積んでバラバラと何個も続けて落としていった。
 
ところが、広島や長崎に投下した原子爆弾の重さは4.5トンあり、B-29には一個しか搭載できず、練習の為、同じ大きさで普通の火薬を詰めた爆弾を作り、日本各地に投下した。
 
この模擬爆弾は、8月14日まで50個近く投下されたとの記録がある。原子爆弾を広島と長崎に投下後もなぜ模擬爆弾の投下を続けたのだろうか。アメリカはもう一つ原子爆弾を持っていたのだろうか。
 
 日本大使だったE.ライシャワー氏は、自分の著書の中で「原爆は2発ともは無用の事だった」と書いている。マッカーサーも原爆投下のニュースを聞いて怒ったそうです。今から70年前の事だが、日本のこの体験は世界中のどこでも絶対あってはならないことだ。