倉本 聰
脚本家の倉本 聰さんが亡くなられた。1977年より北海道、富良野市に在住。『北の国から』などのヒット作を生み出した。又、主宰した「富良野塾」に於いては26年間にわたり後進を指導した。
1981年から、富良野を舞台にした家族ドラマ『北の国から』が話題を呼ぶ。このドラマの音楽を担当し、長年、親交のあった歌手の“さだまさし”さんは、「まだまだ一緒に仕事をしたかった」と話しておられる。
1984年に富良野市にて、私材を投じて「富良野塾」を開設した。塾生は受講料無料で2年間共同生活し、畑仕事などで生活費を稼ぎだしていた。
2017年の特別公演を最後に演劇活動から引退を表明。脚本制作に専念していた。かっては、山田太一・向田邦子と合わせて「シナリオライター御三家」と呼ばれていたが、9月18日夕方、多臓器不全のため自宅で死去した。享年91歳。










