かくれ里

日曜日, 6月 30, 2013

長居植物園





今朝、9時半ごろから長居公園の植物園へ一人で出掛けた。昨年もこの時期にTさんと行ったが、バラは見ごろだったがアジサイの花はまだ咲いていなかった。今日はアジサイ目当てで行ったのだが思いがけない収穫があった。
 
此処の植物園の中央には大きな池がある。この池一面に「蓮の花」が咲いていたのだ。カメラマンたちが望遠レンズを付けたカメラで花のアップを狙っている。僕はタブレットしか持って行かなかったので平凡な写真しか撮れなかった。
 
続いてアジサイ園に移動した。こちらは盛りをチョット過ぎていたようだ。それでもせせらぎの両サイドには色んな種類の紫陽花が咲いていた。こちらでもタブレットのシャッターを押しまくった。
 
植物園は1時間程で退出し、公園内を自転車で一回りして家路についた。来年は「蓮の花」の撮影を目的で行こうかと考えている。今日はタブレットで100枚ほど撮影したが、お気に入りの写真はなかった。

 

土曜日, 6月 29, 2013

クラウド対応ボールペン





Wi-Fi機能を搭載したデジタルボールペンが大人気だ。手書きの文字などをデジタルデーターとして記録し、さらに記録中の音声の録音が出来るので、音声データーまで一緒に保存できる。
 
しかも、このデーターはWi-Fi経由でクラウドサービスのEvernoteに自動保存できる。保存したデーターは任意の文字の上をクリックしたら文字を書いた時の録音データーが呼び出せる。
 
このペンを、打ち合わせや商談、講演会の会場などで使うと便利だろう。このペンには電源ボタンだけしかなく、各種の操作は付属のノートにプリントされた操作パネルのアイコンをタップして行う。
 
 これまでは、手書きのノートとICレコーダーで録音した場合、聞きたい部分を捜すのが面倒だったが、このベンとノートがあればかなり便利になりそうだ。値段は2万円程だが一度使ってみたくなった。ソースネクストが割安のキャンペン中なので早速注文した。

金曜日, 6月 28, 2013

松本サリン事件




阪神淡路大震災の前年、平成6627日の夕方から28日の早朝にかけて、長野県松本市の住宅街に、化学兵器に使用される神経ガスのサリンが散布され、7人が死亡、660人が負傷する事件が発生した。
 
事件発生直後は原因がわからず、新聞紙上には「松本で謎の毒ガスで7人死亡」と書かれていた。その後、散布された物質が猛毒のサリンであると判明した。

 翌年の3月に地下鉄サリン事件が発生し、オウム真理教の強制捜査が行われた過程で、オウム真理教の幹部が、松本サリン事件もオウム真理教の犯行であることを自供した。

事件の背景には、オウム真理教松本支部の立ち退きを巡っての裁判が、オウム真理教の敗訴になったため、教祖の麻原彰晃が教団信者たちに、裁判所の官舎がある住宅街にサリンを散布させたのだった。

木曜日, 6月 27, 2013

エコスクーター




自転車とバイクのいいとこ取りした全く新しい乗り物が登場した。ガソリンを使わず電気で動く。バイク程のスピードは出ないが、電動アシスト自転車のようにペダルを踏まなくてもアクセルをふかして自走できる。
 
この乗り物は、『モーター』『バッテリー』『コトローラー』の3つで構成されている。家庭の100V電源で充電でき、1回の充電にかかる電気代は10円ぐらいだが、走行距離数はそんなに期待できないだろう。
 
エコスクーター『ヘイズ キャピー』と銘打って発売したこのメーカーは、今後の動力二輪車の中心を占めるだろうと言っている。価格面でも電動アシスト自伝車より安く設定されている。自転車需要の多くをこの商品に置き換えたいとしている。
 
しかし、この商品は原動機付き自転車になるので、運転免許とヘルメットの着用が義務付けられる。従って需要には限界があると思うが、安全性を考えると法令に従っての運転の方がメリットかもしれない。

火曜日, 6月 25, 2013

朝鮮戦争



朝鮮戦争は、1950年6月25日、朝鮮半島の主導権を巡り北朝鮮が国境を越えて進行したことから始まった国際紛争だ。
 
僕が小学生だった頃でほとんど記憶にはないが、朝鮮動乱勃発と言う言葉は頭に残っている。国内が焦土と化した日本は、この戦争特需のお蔭で立ち直ったと言う話はよく聞いた。しかし、朝鮮半島は同一民族が南北に分断され、大きな格差が生じたのは事実である。
 
現在も南北間では平和条約は結ばれておらず、緊張状態は続いたままだ。朝鮮半島は戦前には日本が統治していた。第二次世界大戦が終結し、日本はポツダム宣言を受諾して統治権を放置することになった。
 
  朝鮮半島が今の状態になったのは、国内を一つにまとめることのできる指導者がいなかったからだろう。それに引き替え、わが国は明治維新において、立派な指導者が大勢いた。歴史本によると色々あった様だが、現在の日本ほど恵まれた国はないだろう。

月曜日, 6月 24, 2013

ハチクの筍




岩船寺から浄瑠璃寺への道筋には当尾名物の野菜や果物などを吊るした無人の販売所がある。以前は地元の人が営む有人の販売所もあったが、ほとんど姿を消していた。
 
途中、地元のおじさんが採りたてのハチクの筍を並べているところに出くわした。3,4本束ねたものに百円の札を付けている。あまりに安いので一束買った。
 
結構な量なので、帰宅早々に2回にわけて茹でた。皮をむいたら半分ぐらいになった。とりあえずその半量を煮しめ風に炊いて昨夜の夕食のおかずにしたが、一寸ほろ苦いが中々美味だった。
 
 残りは冷蔵庫に保管。さあ、どんな調理をしようかとネットでレシピを検索したらいくらでもある。今朝は数切れ輪切りにしてドレッシングで食べた。歯ごたえ抜群で美味しかった。残りは豚肉と炒めようかと思っている。

日曜日, 6月 23, 2013

当尾の里を歩く




3人で当尾の里を歩いてきた。車を浄瑠璃寺の駐車場に止めて、野仏の点在するハイキングコースを岩船寺に向けて歩き始めた。このコースはこれまでに何度も歩いている。凡そ1時間程で岩船寺に到着した。関西花の寺でもあるこの寺の紫陽花は有名だ。
 
紫陽花は丁度見ごろだった。お花目当ての参拝者も多かった。この頃から小雨が降ってきた。紫陽花は雨が良く似合う花だ。今日は雨具の用意はしていなかったので雨宿りをしながらゆっくり鑑賞した。本堂の中で住職の話も聞けた。
 
雨が止んだので浄瑠璃寺方面に向かった。午後1時過ぎに駐車場所に到着。「あ志び乃店」で昼食を食べた。実は今日の目的は別にあった。先日の中学校の同期会で、この店のご両親と僕が同じ先生の生徒だとわかったからだ。紅葉の頃に先生たちと伺う約束をして「あ志び乃店」をあとにした。
 
 つぎは、浄瑠璃寺の参拝だ。この寺は何回訪れても落ち着く場所である。12世紀の初めの創建で、国宝の本堂には同じく国宝の九体の阿弥陀如来仏がまつられている。池を挟んだ向かい側には、これも国宝の三重の塔があって紅葉の頃の景色は見事である。僕たち3人は、満ち足りた気分で帰路についた。

金曜日, 6月 21, 2013

3Dプリンター





通常のプリンターは紙に平面的に印刷する機能を備えているが、これに対して3Dプリンターは3DCADや3DCGのデーターを基に立体の物体を造形することが出来る。
 
このプリンターの用途としては、製品の試作段階でそれぞれの部品を出力し、デザインや機能の検証できる。大手建設会社では建物の模型を3Dプリンターで出力してお客への説明に使ったりしているようだ。
 
玩具メーカーでも積極的に3Dプリンターの導入を始めている。コストの削減と設計の品質を高めることが出来るとしている。この会社では1台2000万円もする3Dプリンターを導入しているが、ランニングコストが大幅に削減出来て設計品質も高まったと言っている。
 
価格はかなり高価で、大企業しか使われていなかったが、海外では数万円から数十円の物が発売され始めているようだ。わが国でも、国の支援もあってどんどん開発が進められている。いずれは個人や家庭でも使われるようになるだろう

木曜日, 6月 20, 2013

モリアオガエル



樹の上に卵を産むモリアオガエルも面白い。このカエルは普段は森林などに生息しているが、産卵期を迎えると付近の水場に移動する。卵を水中でなく白い泡で包んで樹の上に産むのが特徴だ。
 
繁殖期になると、オスが産卵場所に集まって泣きながらメスを待つ。メスがやって来て産卵行動が始まる。産卵・受精が行われると同時に粘液が分泌され、この粘液をオスメスが足でかき回し10~15㎝ほどの受精卵を含んだ白い泡の魂をつくり、500個ほどの黄白色の卵が産みつけられる。
 
一週間ほどして、泡の中で卵が孵化する。孵化したオタマジャクシは、泡の塊の中で雨を待つ。雨で溶け崩れる泡の塊と共に水面に落下する。孵化したばかりのオタマジャクシはお腹の栄養で育つが、やがて藻などを食べて成長する。
 
 全身が灰褐色になったオタマジャクシは一か月ほどして、前後の足が生えてカエルの姿になったら上陸し、しばらくは水辺で生活するが、やがて森林での生活が始まる。

水曜日, 6月 19, 2013

カジカガエル







カジカガエルは、山地にある渓流やその周辺の森林に生息し、体色は灰褐色で不規則な斑紋があって、岩の上では保護色になる。食性は動物食で、昆虫やクモなどを食べる。オタマジャクシの時は藻などを食べる。
 
鳴き声は中々の美声である。繁殖期の鳴き声が雄鹿に似ているところから、河鹿(カジカ)ガエルと呼ばれているそうだ。江戸時代には専用の籠(河鹿籠)で飼育されたらしい。
 
繁殖形態は卵生で、4月から8月ごろに水中の石の下などに500個ぐらいの卵を数回に分けて生む。孵化するのには凡そ2週間ぐらいかかる。
 
 以前、芦生の河原でお目にかかったことがある。先日は鳴き声しか聞けなかった。日本各地に生息地があるようだが、国の天然記念物に指定されているところが多い。





火曜日, 6月 18, 2013

びやびや かつお




日曜日の朝のテレビ番組に『うまい』がある。録画まではしていないが時々観ている。16日は鰹の話題だった。鰹は釣り竿で1尾づつ釣りあげる漁法が良く知られている。巻き上げ漁などと比べて傷がつきにくく市場価値が高い。又、自然に優しい漁法でもある。
 
「びやびや かつお」は、愛媛県の愛南漁協が新鮮な状態で全国の飲食店に届ける鰹のブランド名である。漁師たちはチームを組んで魚群を見つけたら撒き餌をしながら一斉に釣りあげる。その模様が放映されていたが見事だった。
 
釣りあげた鰹はその場で活け占めする。漁港では目方を測ってタグを付けてシャーベット状の氷で箱詰めし、即出荷する。取扱認定店へだけの納品で個人売りはしていない。ホームページでタグナンバーを検索すると水揚げ日がわかるシステムになっているそうだ。
 
色々こだわっているこの鰹をスタジオのスタッフが試食していたが、味は絶品との事だった。値段のことは言ってなかったが、料理店で食べたらかなりの料金を請求されるのだろう。僕は美食家ではないので、スーバで売っている一盛り数百円の鰹のたたきで十分だ。

 

月曜日, 6月 17, 2013

ビヤガーデン






若いころ、屋上ビヤガーデンに連れて行ってもらったことが何度かあった。アルコールは弱い方だが、あの雰囲気は好きだった。ビヤガーデンは夏季に限定して開設される場合が多い。デパートなどの屋上に多数のテーブル席がしつらえてある。
 
ビールなどがジョッキで提供され、一定の時間内の飲み放題の方式が多かった。料理もバイキング形式が多く、ピーナッツ、するめ、おかき、枝豆、鶏の唐揚げ、ポテトフライ、ソーセージ、かまぼこ等があった。
 
テーブルや椅子は、アルミニューム製やプラスチック製のものが多く、デラックスさは期待できないが、庶民的で雰囲気は非常に良かった。場所によってはステージで生の演奏が行われていて、リクエストに応じた演奏をしていた。
 
 最近は行く機会が全然ないが、ビヤガーデンは夏の風物詩で、消夏法として繁盛しているのではなかろうか、北海道札幌の大通公園のビヤガーデンは有名で、幅65メートル、長さ数百メートルに渡る。ビヤガーデンとしては日本最大ではないかと言われている。

日曜日, 6月 16, 2013

レンタカウ





荒れた畑の草刈りを牛にやってもらう。その牛をレンタルするサービスが盛んに行われているそうだ。レンタカーと牛(カウ)をかけた造語が「レンタカウ」だ。一体どんな仕組みになっているのだろうか。
 
この制度が行われているのは、大分県や山口県などで、県の畜産試験場が始めたサービスだ。農地の整地や山の景観を良くしたい人たち向けに牛を貸与し、放牧して草を食べてもらう。草刈りの手間が省けるのと牛のエサ代もかからないのと一石二鳥のビジネスモデルだ。
 
放牧は、整地したいエリアを弱い電流を流した柵で囲い、その場所の草がなくなったら別の場所に移動する。牛は一日におよそ50㎏の草を食べるので除草効果は抜群だ。
 
貸し出すのは年老いた牛だそうだ。それぞれ名前と管理番号が付けられている。レンタル料は無料で1年単位での貸し出しが目安になっている。農家などでは、年間かなりの除草費用が削減できるとあってなかなかの人気のようだ。

土曜日, 6月 15, 2013

岡晴夫






先日ラジオ深夜便で岡晴夫の特集があった。戦前から戦後にかけて活躍した岡晴夫の歌はなぜかよく知っている。この日も11曲放送されたがほとんど覚えていて楽しく聞いた。
 
僕が生まれた昭和14年に18歳でデビューしている。岡晴夫の全盛期は終戦直後だ。彼の明るい歌声がこの時代にはまったのだろう。この頃のヒット曲には、「東京の花売り娘」「啼くな小鳩よ」「憧れのハワイ航路」などがある。
 
この時代の他の歌手のヒット曲もよく覚えている。「リンゴの唄」「青い山脈」などは今でもよく聞くが、平野愛子の「港が見える丘」は一番好きな曲でよく口ずさんだ。「憧れのハワイ航路」も大好きな一曲である。

 最近、流行っている歌にはついて行くことが出来ない。現代の若者はリズム感が良い。終戦直後の流行歌を懐かしむのは、やはり歳をとったせいだろうか。

金曜日, 6月 14, 2013

ブルートゥース




携帯情報機器などでさかんにブルートゥースが使われている。近距離の機器間接続に使われている通信技術のことで、携帯端末や周辺機器間を、ケーブルを使わず音声やデーターのやり取りが出来る。
 
免許なしで使うことのできる2.45GHz帯の電波を利用するため、赤外線を利用する方式に比べて、障害物があっても使える。消費電力も少なく製造コストも低く抑えられる。
 
ブルートゥースは様々な用途で利用されることを想定しているので、接続するには条件がある。接続したい機器同士がブルートゥースに対応していることだが、機器によって条件が決められている。接続可能の機器には添付画像のような表示がしてある。
 
よく使われているのがヘッドセット。携帯をカバンにいれたままでもハンズフリーで通話が出来る。他にも色々使える。僕は、タブレット用にブルートゥース対応の外付けのキーボードを持っている。ワイヤレススピーカーも使っている。

木曜日, 6月 13, 2013

あべのハルカス





大阪の新名所、地上300mの超高層ビル「あべのハルカス」が来年の春には竣工する。今日13日からはその中核施設「あべのハルカス近鉄本店」のタワー館が先行オープンする。売り場面積が一挙に増えて集客力が増すことは間違いないだろう。
 
現在の近鉄百貨店はウイング館となり、今年の秋から順次改装に入る。完成するとタワー館と合わせて営業面積が10万平方米となって、日本最大級の百貨店が誕生する。年間来店客数は4500万人、売上1450億円を見込んでいる。
 
大阪では、大阪駅北地区(梅田北ヤード)の再開発が進められている。今年4月には、先行開発区域の「グランフロント大阪」がオープンした。大阪駅周辺では2011年に三越伊勢丹が開業した。大丸梅田店も売り場面積の拡大を発表している。
 
百貨店業界は高級品の売れ行きが回復しつつあるとはいえ、尚厳しい状態である。あべのハルカス近鉄本店のオープンが、大阪・キタへの顧客流出に歯止めがかけられるだろうか。

水曜日, 6月 12, 2013

東映京都撮影所見学




50年以上前のことだが、“はたちのつどい”のグループ活動で、東映京都撮影所の見学に行ったことがある。映画界はこの頃から斜陽化していたが、それでも撮影スタジオは活気があった。
 
我々は大阪から観光バスで出掛けた。僕は特に映画に興味があった訳ではないので、東映時代劇のお姫さま役だった“丘さとみ”と記念撮影したぐらいの記憶しかない。
 
京都太秦の東映撮影所には昭和55年頃にもう一度行っている。小学生だった娘や姪御たちと一緒にマイカーで出掛けた。この頃には東映撮影所のスタジオの一部を映画村としてオープンしており、時代劇の殺陣のショーなどが行われていた。
 
 映画の登場人物への変身体験などのスタジオもあった。一日遊んで、子供たちはたいそう喜んでくれた。楽しい思い出の1ページである。

火曜日, 6月 11, 2013

新光悦村




芦生からの帰り道に立ち寄った道の駅の名前が「京都新光悦村」と言う。京都縦貫自動車道の入口にあった。この自動車道は今年の4月に名神高速道路と接続していた。我々はカーナビにもない道を通って、名神大山崎ICから名神道を一路大阪へ。想定時間よりも早く帰ることが出来た。
 
新光悦村は京都府南丹市が工業団地を造成して、京都の伝統と文化のものづくり産業の誘致をし、伝統産業と先端産業のコラボレーションを進めている。伝統の技術を教える学校、京都伝統工芸大学校が立地を表明しているようだ。現在は、工房アトリエ向けの小区画の分譲中だ。職人などの個人も立地出来るらしい。 
 
光悦村の地名は、江戸時代の初めに活躍した書家・芸術家の、本阿弥光悦から来ているそうだ。1615年、光悦は徳川家康から京都洛北の鷹ヶ峯に広大な土地を拝領し、一族と共に住み着いて創作活動が始まった。のちにこの地が光悦村と称され、芸術村として広く知られるようになった。
 
京都府は大阪より面積がかなり広い。大阪府でも知らないところが多いのに、京都のことは市内のごく一部しか知らない。ここの道の駅に立ち寄ったお蔭で、又一つ知識が増えた。

月曜日, 6月 10, 2013

今年も芦生へ




10年前の5月11日に初めて芦生の森を訪れた。この日はあいにくの雨だったが傘をさしてトロッコ道を歩いた。1時間程歩いて記念撮影をして引き返したが、駐車場所で芦生喫茶をオープンした思い出がある。
 
その後、毎年のように芦生やその界隈を歩いている。年によっては夏と秋に2度行ったこともある。それほどに芦生は魅力がある。交通の便は悪く、マイカーでも片道3時間はかかる。それでも毎回10人前後で行っている。
 
昨日は、Iさんにワンボックスカーを出してもらい、定員いっぱいの8人で出掛けた。これまでは名神高速で京都から滋賀県経由で行っていたが、今回は大阪から京都を縦断する新しいコースを走った。
 
芦生山の家の駐車場に着いたのが午前9時。トロッコの廃線跡を歩くこのコースはこれまで何度も歩いている。新緑の鮮やかな道を2時間半ほど歩いて河原に降り、カジカの声を聴きながらのランチタイム。此処でUターンする。今回は体調を壊した人が数人あって、復路は少し時間がかかった。それでも午後8時前には無事帰阪出来た。Iさん運転お疲れ様でした。

日曜日, 6月 09, 2013

すんき漬け



僕は漬物大好き人間だが、一度食べてみたい漬物がある。それは長野県木曽地方に伝わる伝統的な発酵食品のすんき漬けだ。
 
地元で「すんき菜」と呼ばれるカブナを材料にした漬物だが。食塩を一切使わないのが特徴だ。木曽地方は海から遠い山国の為、塩は貴重品だ。必然的に無塩発酵の漬物が生まれたと考えられる。
 
最初につくる際には、山に自生するズミ(小梨)や、ヤマブドウなどの果実をつぶして発酵させて素をつくる。翌年以降は前年に漬けたすんき漬けを陰干しして保存しこれを素にして漬ける。
 
 京都の「すぐき」などと似たような、独特の酸味がするように思う。是非食べてみたい。すんき漬けを使った郷土料理も色々あるようだ。

土曜日, 6月 08, 2013

日教組




戦後、GHQによって教育の民主化の一環として教職員団体の結成が指令された。1947年6月8日には、日本教職員組合(日教組)が発足した。
 
日教組の活動は、君が代の不斉唱、不起立問題、ゆとり教育の推進などがあり、自衛官や警察官の子弟を差別するなどがあって、しばしば批判の対象になった。
 
日教組は教員の労働組合であり、政治組織ではない。しかし大雑把に言って日教組は民主党や社民党が支持しているようだ。教職員組合は他にもあって、全教が共産党、全日教連が自民党と友好関係を持っている。
 
安倍内閣は経済対策以外にも、教育改革に取り組む姿勢を見せています。この改革の一番の目玉は競争原理を取り入れることだ。地方自治体や学校同士で競争させると言うのが根本的な考えのようだ。日教組問題も何らかの答えが出るのではないだろうか。